推薦者の皆様より

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乙武洋匡(おとたけひろただ)氏

乙武氏自身の経緯をユーモラスに綴った500万部を越す大ベストセラー『五体不満足』(講談社)の著者である、乙武洋匡さんにお話をお伺いしました。
スポーツライターを経て、3年間、小学校教諭として勤務。現在は、メディアを通して教育現場で得た経験を発信していく活動を柱とされていらっしゃいます。

 小学校時代は休み時間も放課後も、みんなと一緒に野球、サッカー、ドッジボールなどを楽しんでいました。僕は遊ぶとき、電動椅子を降りて、足とお尻を地面にくっつけるようにして運動します。でも、そうは言ってもこの通りの身体ですから、当然ながら友達のように速く走ったり、強くボールを投げたり蹴ったりはできません。そこで、彼らが「オトちゃんルール」というのを作ってくれました。例えば野球なら、僕はバットを脇の下にはさんで、ボールを打つことは出来ます。でも走るのが遅いので、いい打球が飛んだとしてもすぐにアウトになってしまう。なので、僕が打ったら友達が代わりに走りだす。サッカーだったら、僕がシュートを決めたら3点、なんてとんでもないルールを作ってくれたんです。そのおかげでみんなこぞって僕にパスを回してくれましたね(笑)。特別なルールをみんなが考えてくれたおかげで、身体能力が著しく違う僕も一緒にスポーツを楽しめました。そういった視点から考えると、このブラインドサッカーも同じ。オトちゃんルールのようにスポーツを楽しむための、嬉しい工夫がなされているスポーツですよね。
 
 中学に進んでも、僕なりにスポーツを楽しんでいました。僕はバスケットボール部に入部したのですが、確かに僕はあの高さにまでボールを投げることはできません。じゃあ何が出来るんだと考えた時に、ドリブルを磨こうと考えました。バスケットって相手に膝よりも低い位置でドリブルされると非常に取りにくいんです。僕がドリブルするととても低い位置になりますよね、だから相手はやりにくい。しかも、僕が突然ドリブルするなんて思っても見ないだろうし、それが想像以上に速いスピードで動き出す。とうぜん戸惑いますよね(笑)。そんなことから試合にも出たりしていました。人と同じようにはできない。でも、出来ることを精一杯やろう。今出来ることをさらに向上させよう、という気持ちで部活を頑張っていました。

 スポーツは僕に大きく2つの影響を与えてくれました。まず一つ目は、向上心、負けず嫌いのメンタリティです。もちろん勉強もそうですが、やっぱりスポーツは勝ちたいという気持ちが強く働くフィールドです。今までできなかったことが出来るようになったり、負け続けてきた相手に勝てたりする。そこに成長があって、しかもその成長が他の分野よりもわかりやすかったり感じやすかったりする。それが自己研鑽に、自分を向上させることにつながりやすいのではないでしょうか。スポーツに親しんできたことで、もっとやってみよう、もっと頑張ってみようという気持ちを、僕自身が育んでこられたのだと思っています。

乙武氏 もうひとつは協調性ですね。僕は子どもの頃から団体競技が好きでした。考え方、生きてきた環境などがまったく違う人が集まって、同じ目標に向かって一緒に努力して行く、その過程が楽しかったし、そこに興味があったんです。社会人になって仕事を始めると、それは大きく影響してきましたね。社会では仕事は1人でするものではなく、考え方や能力の違う人たちが一緒にプロジェクトを達成しなくてはならない場面が多い。スポーツは、そのことを学ぶのにとても有効です。高校時代はアメリカンフットボール部に入部、マネージャーを務めていたのですが、体力、能力、価値観などすべてが異なる数十人が目標に向かってひとつになれた。あのときの経験が、その後社会人として生きて行くうえでとても役立っています。自己を向上させる楽しさや、多くの人で一つの目標を成し遂げる喜びなどはスポーツから学んだし、今の自分にも大きく影響しているのかなと感じています。

 身体を動かすことは楽しいものです。誰かとスポーツの世界で競うことは健常の子ども達と比べて少ないですよね。だからこそ、プロが指導してくれる環境で、スポーツの楽しさを知って欲しいと思います。親御さんたちが心配されるのはわかるのですが、目が見えようが見えまいが、子どもたちが普通に暮らしていたら当然怪我はします。そういうものです。いろいろな経験を積ませて豊かに育てようと思うのなら、怪我もあるでしょうし、心が傷つくこともあるかもしれない。だけど、そうしたチャンスを与えないということは、子どもを守ろうとして、かえって成長するチャンスを奪っていることにもなるのではないでしょうか。

 僕はとにかくスポーツが大好きです。参加することにも、観戦することにも楽しさを感じます。環境や能力、性別、障がいが有る無しにかかわらず、すべての人にスポーツの素晴らしさを知って欲しい。お子さんの怪我が不安なら、まずは親御さんが見に行ってみてはいかがでしょう。そういった体験をまず親御さんが積むことで、何かが変わるかもしれません。そしてスポーツを通して挫折を経験することも、成長のひとつだと思うんです。出来ない悔しさを感じたり、出来なかったことが出来た喜びを知ることができる。それこそがスポーツの素晴らしさなんです。少しキツい言い方ですが、社会に出たら視覚障害者だからと優遇されることは少なくて、それまでの守られた環境では経験しなかったこともあるだろうし、多くの困難に直面するわけです。予行練習というわけではないのですが、それを事前にスポーツで体験しておくことは、なにものにも代え難いものだと思います。小学校で教員をしていた時に気になったのは、子ども達の競争心のなさ。弱い気持ちで臨んでいては得られるものは少ない。挑戦するんだ、これをやってやるんだという強い気持ちで臨むことが大切で、たとえうまくいかなくても、そこから得られる学びというのは本当に大きいものだと思うんです。障害があろうがなかろうが、子どもたちには様々なことにチャレンジし、多くの経験を積んで欲しいですね。

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